大判例

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高知地方裁判所 昭和27年(わ)551号 判決

本籍

高知県吾川郡淸水村上分一〇一ノ一

住居

高知市愛宕町一丁目四七

日本電気産業労働組合專従役員

山中彬正

大正十五年五月二十日生

本籍並に住居

高知県香美郡夜須町出口五八八ノ一

四国電力株式会社立田営業所勤務

高橋龍雄

明治四十五年六月二十日生

本籍並に住居

同県吾川郡淸水村下分一一八一ノ八

同会社分水第一発電所運転係

渡辺俊一

昭和三年五月四日生

本籍

同県長岡郡土佐山田町曾我部川四〇四

住居

同県吾川郡上八川村坊蔵甲二〇〇二

同会社分水第三発電所運転係

樫谷愿

昭和五年十二月十二日生

本籍

同県吾川郡伊野町大内六一〇

住居

同県吾川郡淸水村黒巣川分水第二発電所 合宿所内

同会社分水第二発電所運転係

西村良夫

昭和六年三月十五日生

本籍

同県長岡郡長岡村廿技分一〇六〇

住居

高知市錦川町六〇

同会社高知支店電力課勤務

式地俊郎

大正十四年六月七日生

本籍

高知市寿町一

住居

高知県高岡郡仁淀村加枝字新開二

同会社加枝発電所技術係

岡山雅利

大正十年八月五日生

右被告人山中に対する昭和二十七年わ第五五一号同高橋、同渡辺に対する昭和二八年わ一二四号、同山中、同樫谷に対する同年わ第一二五号、同樫谷、同渡辺、同西村に対する同年わ第一五一号並に同式地、同岡山に対する同年わ第一五二号、各威力業務妨害被告事件につき当裁判所は検察官検事島岡寛三、同豊永泉出席の上併合審理を遂げ次のとおり判決する。

主文

被告人渡辺俊一、同西村良夫を各罰金参千円に、被告人山中彬正、同樫谷愿を各罰金五千円に処する。

右被告人等において各当該罰金を完納することができないときはいずれも金弐百円を壱日に換算した期間当該被告人を労役場に留置する。

訴訟費用中別紙訴訟費用表一記載の分はその二分の一を被告人山中の負担とし、同表三記載の分は被告人樫谷、同渡辺、同西村の平等負担とし同表二記載の分はこれを八分して右被告人四名をして各その一を負担せしめる。

被告人高橋竜雄、同式地俊郎、同岡山雅利は各無罪

被告人山中彬正、同樫谷愿に対する本件公訴事実中後記分二第一事件につき、同渡辺俊一に対する本件公訴事実中後記分一事件につきいずれも無罪。

理由

(罪となるべき事実)

日本電気産業労働組合(以下電産と略称)は四国電力株式会社(以下四国電力と略称)を含む九電力会社の従業員を以て組織する全国的規模を有する単一産業組織労働組合であるが、右電産と九電力会社の経営者を以て組織する電気事業経営者会議との間において昭和二十七年三、四月頃から労働協約改訂及び賃金並に退職金改訂をめぐつて労働争議を発生し、団体交渉が容易に妥結しなかつたため、同年九月二日電産中央執行委員会は労働関係調整法第三十七条に基き中央労働委員会及び労働大臣に対し争議行為の予告をなした上同年九月十六日以降傘下全組合員に指令してストライキを主とする争議行為、特に発電所、えんてい等の勤務者の労務提供を拒否すると共に発電機を停止し発電量を減じて会社に打撃を与えることを目的とする電源職場労務提供拒否ストと称する争議行為を行うに至つた。然るにその争議行為に際し、

第一

被告人山中彬正は電産高知県支部常任執行委員であつて、同年九月二十四日電産中央本部並に同四国地方本部の指令により高知県吾川郡上川村木ノ瀬所在四国電力分水第四発電所えんてい勤務従業員により行われた電源職場労務提供拒否ストの指導に当つたものであるところ、

一、被告人山中は同日午前七時十分頃右えんてい見張所において電磁制禦函のスイッチを操作して取水門扉を閉鎖して右発電所への送水を遮断したが、折から右発電所の発電業務を操業するため同会社高知支店から派遣されていた同会社高知営業所長谷脇美樹が右スイッチ操作により取水門扉を開いて発電機へ送水すべく右見張所に入場しようとするや、被告人山中は同見張所の入口に両手を横に張つて立塞がり右谷脇の入場を阻止し、なおも同人が被告人山中の腰のあたりに手をかけ、これを引き除けて入ろうとするのを被告人山中も谷脇の身体に両手をかけて互に組合い同人を右入口の外へ数歩押し出しておいて入口に戻つて立塞がり、これを繰返すこと三度位に及んだため遂に同人をして右スイッチ操作を断念するの余儀なきに至らしめ、以て威力を用いて同人の前記業務を妨害し

二、同日午後零時四十五分頃前記谷脇同様発電業務を操業するため同支店から派遣されていた同支店電力課長佐藤三代男が取水門扉を開いて発電所に送水すべく右見張所内に入り来り、矢庭に前記電磁制禦函の開戸を開け同函内のスイッチの操作をしようとするや、被告人山中同様前記スト指導のため同日午前九時四十分頃から右見張所内に来ていた相被告人菅正三郎(電産四国地方本部執行委員長)がとつさに佐藤の背後から両手で同人の両肘附近を押えて一時その自由を失わせ、その身体を半ば廻しつつ同人を右制禦函から遠ざけるようにして同人と制禦函の間に割つて入り、右制禦函を背にして立塞がつたが、被告人山中はこれと同時に左手で佐藤の腹部のあたりを押して同じく同人を制禦函から引きはなすようになしそのため同人をして、遂に右スイッチ操作を不能ならしめ以て威力を用いて右佐藤の前記業務を妨害し

(以上右第一の事実を分四事件と略称する)

第二

被告人樫谷愿は電産高知県支部分水分会副執行委員長であつて前記同様同年十二月八日午前二時三十分より実施された同郡淸水村下分所在の同会社分水第二発電所における電源職場労務提供拒否ストの指導に当つていたもの、被告人渡辺俊一、同西村良夫はいずれも同支部分水分会執行委員であつて同ストに際し樫谷を補佐して指導に当つていたものであるが

一、被告人樫谷は同日午前二時五分頃同発電所長川上新一が臨時人夫中村武美、細川豊水及び同会社高知支店から派遣されていた中村則光と共に同発電所の階上配電盤室において右スト中も発電業務を操業するため待機し、且つ同室内の操作盤のスイッチを確保していたのを見て、同日午前二時三十二分被告人西村等に命じて同発電所地階の水車室においてスイッチを操作して二号発電機の運転を停止せしめたところ右川上が右発電機の運転を開始するため水車室に赴こうとして配電盤室の階段を一階発電機室まで駈け降りたので折から同室にいた被告人樫谷は矢庭にその前面から両手を拡げてこれを制止し、なおも前進しようとする川上を両手で抱くようにして数歩後方の同階段昇降口横の壁まで押し返し、更に同日午前四時十分頃同発電機室の水車室に至る階段昇降口附近において右川上が前同様の目的で、被告人渡辺の指導の下に同所附近に坐り込んでいた組合員十数名の人垣を押し分けて水車室へ赴こうとするや、矢庭に同人の左肩を引張つてその前に廻り両手を同人の肩にかけて二米位後方へ押し返し、そのため同人をして右発電機運転を不可能ならしめて、以て威力を用いて同人の前記業務を妨害し

二、同日午前五時三十分頃右発電機室内の水車室に下る階段附近において、右川上所長が前同様の目的で前記組合員の人垣を押し分けて水車室へ赴こうとするやその場にいた被告人渡辺はとつさに右手を横に張つて階段の手摺をつかんで川上の前進を止め、同じく被告人西村は右川上の横から同人の胸を右腕で抱えて前進を阻止し、次いで渡辺は前から川上を後方に押し返し、更に同日午前九時頃同所において、なおも右川上が前同様の目的で前記人垣を押し分けて水車室へ赴こうとしたところを、被告人渡辺は前方から川上に組付き、被告人西村は渡辺の背後から右川上を押し返し、逐に同人をして右発電機運転を不可能ならしめ、以て被告人両名においてそれぞれ威力を用いて川上の前記業務を妨害したものである。

(以上第二の事実を分二第二事件と略称する)

(証拠の標目)(略)

(右被告人並に各弁護人の主張に対する判断)

一、本件行為は正当な争議行為であるから労働組合法第一条第二項、刑法第三十五条により違法性を阻却するとの点について、右被告人等が判示労働争議において電産の採用した特殊の争議行為である電源職場労務提供拒否ストを行うに際し本件行為に出でたものであることは判示のとおりである。而して右ストが争議方法として正当なものであるかどうか、特に右ストの実効を期し減電量を確保するためピケを張つて使用者側の発電機運転の業務を阻害する行為が正当であるかどうかについての当裁判所の判断は後記詳述するとおりであるが、結局電産組合員が使用者側の発電業務を阻害する手段としてはいわゆる暴力に亘らない程度で組合員の団結を固くし、その団結の示威により使用者側によつてたやすくストの効果の破砕されるのを見張ると共に、これを背景として使用者側就労者に平和的説得を試みるところに限度があると解すべきである。従つてかかる限度を超えて右就労者の身体に対し積極的に物理力を行使し、力負けさせてその自由を制圧し、それによつて操業を不能又は断念せしめる如きは当然争議行為の正当性の限界を逸脱するものといわねばならない。然るに本件分四事件並に分二第二事件に際し右各被告人のとつた行為につき当裁判所の認定したところは判示のとおりであつて、右判文自体で明瞭なように右被告人等はいずれも会社側非組合員に対し、既にその身体に積極的に物理力を加え、或は組みつき、或は押し返すなど正に暴行に亘る行為により、相手方をして力負けによつて操業を断念又は不能ならしめたものであるから、これをもつて平和的説得であるとの観念を容れる余地がなく、従つて後述の如く電産側が前記特殊のスト戦術をとるに至つた事情を考慮に入れても、もはや正当な争議行為の範囲を逸脱し右主張の如き違法性阻却事由に該当しないことは明白である。

二、被告人等は判示犯行に出てないことを期待することが不可能な場合に当るとの主張について。

その理由とするところは被告人等の本件行為は労働争議に際し上部機関の指令並に所属機関の決議に基き行動したものであつて指令に従い組合決議に服するは組合員の当然の義務であり、右義務に違反すれば組合規約によつて除名され失職のおそれさえある。他面電産中央本部では慎重研究審議の結果本件戦術を合法と判断し且又最高検察庁等においても電源ストないしピケは直ちに違法であるとは考えないと言明せられそれら情報を下部に流したものであるから被告人等において右戦術を合法と考え、これに従わざるを得なかつたというものの如くである。然しながら前掲電源職場労務提供拒否スト実施要領と題する書面写並に前掲各公判調書中証人上村儀定、川田照已、中山毅彦、伊東苞の各供述記載部分を綜合すると本件電源職場スト戦術においても、如何なる場合も暴力を絶対に用いてはならないと定め、ただ会社側が力で押して来てスト破りを強行する時組合員はスクラムを固くしてこれを破られないようにすることとしてあり、このことは上部機関から下部は各分会所属組合員にまで周知徹底されていたところであること、しかも右暴力の許されないことに関し電産の下部機関である高知県支部分水分会執行委員長伊東苞すらも説得の範囲を越えて力を加えることは暴力であると知つていたこと並に暴力を用いてならないことを昭和二十七年九月二十一日の分水分会執行委員会で徹底させてあつたことがそれぞれ認められる。従つて判示電産役員の地位にあつた右被告人等も右の点は十分判つていた筈であるから前記の如き暴行行為に出でないことを期待できなかつたことは到底認められないので右主張も採用できない、

三、その他被告人等に犯意がなかつた等の主張について

右に説明した如く被告人等において暴力に亘ることは許されないことを認識していたと認めるべきであるし、仮に被告人等において判示の如き程度の積極的な物理力の行使が未だ暴行ないし暴力行為に該当しない正当行為であると考えていたとしてもそれは単に行為の違法性に対する錯誤に過ぎず、右錯誤に肯認すべき理由も認められないので犯意を阻却するということはできない。又判示のとおり被害者は会社側の命令により発電業務に従事しようとしたものであつて、全証拠に照しいわゆる暴力団的なスト破りのみを目的としていたと認めることはできないから保護法益たる業務を欠いていたとはいえず、前掲証拠により右被告人等がかかる業務妨害の認識を有していたと認めるに十分であり、いずれにしても右被告人等が判示犯行につき故意がなかつたとの主張は失当である。

(法令の適用)

右各被告人等の判示各所為につき刑法第二百三十四条、第二百三十三条、罰金等臨時措置法第三条第二条

(いずれも罰金刑選択)

被告人山中につき刑法第四十五条前段、第四十八条、各被告人につき罰金不完納の場合につき同法第十八条訴訟費用の負担につき刑事訴訟法第百八十一条第一項本文

(無罪部分に対する判断)

右判示事実を除く本件公訴事実中

被告人高橋龍雄、同渡辺俊一に対する公訴事実は、

被告人高橋は電産高知県支部執行委員長であつて昭和二十七年十一月電産四国地方本部から指令せられ同月六日実施の同県吾川郡淸水村安望所在の四国電力分水第一発電所における争議行為に関する最高責任者として派遣されその指揮にあたつていたもの、被告人渡辺は同組合分水分会執行委員で同発電所に勤務し同争議行為に参加していたものであるが、同日午前八時頃右分水第一発電所に勤務する組合員が争議権の行使として職場における労務提供拒否ストを行うに際し、同発電所配電盤室において、右スト後も発電業務遂行のために同会社高知支店から派遣され会社側の運転要員として待機していた高松本店配電課長岡林末広より被告人高橋及び同発電所勤務の全組合員に対し、スト実施後は会社の意思として自己及び同発電所長倉本秀男、臨時人夫酒井富太郎、川村啓造、川村紀において発電業務を遂行する旨並にそれがため発電機は運転停止の操作をすることなく運転状態の現状で引継ぐべき旨通告したのにかかわらず、被告人高橋はこれを拒否すると共に同被告人及び被告人渡辺は組合員三本栄吉外十数名と意思共通の上、被告人高橋が総指揮をとり被告人渡辺が指図して右三本外十数名をして同配電盤室の操作盤の前面附近に互に左右の者と密接して立並ばしめて同操作盤を占拠し、同室に待機中の右岡林及び倉本その他右臨時人夫等が同操作盤のスイッチを操作して発電業務を操業することのできない様にした上、右三本は操作盤の第二号の組合員大久保邦彦は第一号の、同木下明安は第三号のそれぞれスイッチを操作して同時刻頃第一号、第二号及び第三号の各発電機の運転を停止させたところ、右岡林が即時同所で被告人高橋に対し、会社側で運転するから労務不提供に入つた組合員は直ちに配電盤室を退去すべき旨要求し、会社側の手によつて操業しようとしたのであるが、同被告人はこれに対しても「減電量を確保するため会社側で運転する意思がある以上組合側も退去しない」とその要求を拒否し、依然右被告人両名は列外で指導し組合員十数名による人垣を以て同操作盤の前面附近を占拠せしめ右岡林、倉本及び臨時人夫等が前記スイッチを操作して発電業務を操業することを不能ならしめ、以て威力を用いて同人等の業務を妨害したものである。

というのであつて(これを分一事件と略称する)

当裁判所の岡林末広、倉本秀男、大久保邦彦に対する各証人尋問調査

検察官に対する

大久保邦彦の昭和二十七年十二月十日附第一、二回、小林重和の第一回、西川利之の同月十一日附第一回、川村啓造の昭和二十八年二月十三日附、大野稔夫の昭和二十七年十二月十一日附第一回各供述調書、木下明安の同日附第一回供述調書抄本、同人の昭和二十八年二月十三日附第二回供述調書、西川利男の昭和二十七年十二月十日附供述調書、田村善水、伊東善博、山中福居の各同月十一日附、曾我太一、大久保成基の各同月十二日附、各第一回供述調書抄本、三本栄吉の同月十一日附第一回供述調書

倉本秀男撮影の写真五葉、当裁判所の昭和二十八年八月十九日になした検証調書併合前の分一事件に対する第三回公判調書中被告人高橋、同渡辺の各供述記載部分、被告人高橋の昭和二十七年十二月十五日附第一回供述調書、被告人渡辺の司法警察員に対する第一回並に検察官に対する同月十二日附第一回各供述調書を綜合すると、右公訴事実中「右岡林、倉本及び臨時人夫等が前記スイッチを操作して発電業務を操業することを不能ならしめ、以て威力を用いて同人等の業務を妨害した」との点を除きその余の事実はすべてこれを認めることができる。そして右認定にかかる被告人高橋、同渡辺の所為は、その威勢、人数及び四囲の状態より見て右岡林、倉本及び臨時人夫等の自由意思を或程度(その程度については後に詳述する)抑圧するに足る勢力を示し、それによつて同人等をして発電機運転業務の遂行を断念せしめて同人等の右業務を妨害のたことも右証拠により認めうるところである。従つて右所為はこれが争議行為としてなされた点を考慮の外におけば一応刑法第二百三十四条にいわゆる威力により業務を妨害した場合に該当するというべきであろう。

次に被告人山中彬正、同樫谷愿に対する公訴事実は

被告人山中は電産高知県支部常任執行委員であつて、昭和二十七年十一月電産四国地方本部から指令せられ同月六日実施の高知県吾川郡淸水村下分所在の四国電力分水第二発電所における争議行為に関する最高責任者として派遣せられその指揮に当つていたもの、被告人樫谷は同支部分水分会副執行委員長であつて、右争議行為に関し被告人山中を補佐していたものであるが同日午前八時頃右分水第二発電所に勤務する組合員が争議権の行使として職場における労務提供拒否ストを行うに際し、同発電所配電盤室において、同日同発電所の発電業務を右スト後も引続き操業するため会社側の運転要員として待機していた同発電所長川上新一から被告人山中及び同発電所勤務の全組合員に対しスト実施後は会社の意思として自己及び臨時人夫細川豊水、川村直道において発電業務を遂行する旨並にそれがため発電機は運転停止の操作をすることなく運転状態の現状で引継ぐべき旨通告したのにかかわらず、被告人山中はこれを拒否すると共に同被告人及び被告人樫谷は組合員筒井好明外九名と意思共通の上、被告人山中が総指揮をとり会社側の意思を排除して被告人樫谷は同配電盤室の操作盤の第二号スイッチを自ら操作し、且つ第一号スイッチは組合員伊東起盛をして操作せしめて同時刻頃第一号及び第二号の各発電機の運転を停止し、次いで被告人樫谷が指図して右筒井外九名をして同操作盤を取り囲ませてこれを占拠し、右川上所長及び臨時人夫等が右発電機の運転を再開始するためスイッチを操作すべく同操作盤に近づくことのできない様にしたので、同所長が即時同所において被告人山中に対し自己において運転するから労務不提供に入つた組合員は直ちに配電盤室から退去すべき旨要求し会社側の手によつて操業しようとしたのであるが、同被告人はこれに対しても「発電所長が発電機を運転しないと確約しない限り組合員も退去しない」とその要求を拒否し、依然右筒井外九名による人垣を以て同操作盤の周囲を堅守せしめ、川上所長及び右臨時人夫等が前記スイッチを操作して発電業務を操業することを不能ならしめ、以て威力を用いて同人等の業務を妨害したものである。

というのであつて(これを分二第一事件と略称する)

当裁判所の昭和二十八年八月十五日になした川上新一、細川豊水、川村直道に対する証人尋問調書、当裁判所の川村朋忠に対する証人尋問調書、併合前の分二第一事件第三回公判調書中証人秋友和開、川上新一の各供述記載部分検察官に対する。

伊藤辻栄、和田時広、和田忠、伊東起盛の各昭和二十七年十二月十五日附、川村義与、宮武忠、秋友和開の各同月十三日附、筒井好明の同月十二日附各第一回供述調書抄本

検察官に対する

片岡芳行の昭和二十七年十二月十二日附第一回川村朋忠の同月十三日附第一回西村良夫の昭和二十八年二月十二日附第二回、細川豊水の同日附各供述調書

当裁判所の昭和二十八年八月十五日になした検証調書、併合前の分二第一事件第三回公判調書中右被告人両名の供述記載部分、被告人山中の検察官に対する昭和二十七年十二月十七日附第一回供述調書、被告人樫谷の司法警察員に対する第一回検察官に対する同月十六日附第一回及び第二回、各供述調書

を綜合すると右公訴事実中「川上所長及び右臨時人夫等が前記スイッチを操作して発電業務を操業することを不能ならしめ、以て威力を用いて同人等の業務を妨害したものであるとの点を除きその余の事実はすべてこれを認めることができる(ただし樫谷が指図して操作盤の周囲を取りかこませた人数は始め筒井外七名であつたと認める)。そして右認定にかかる右被告人両名の所為はその威勢、人数及び四囲の状態よりして川上所長等の自由意思を或程度(その程度については後に詳述する)抑圧するに足る勢力を示したものであつてそのため同人等をして発電機運転業務の遂行を断念せしめて、その業務を妨害したことも右証拠により認めることができる。従つて右所為はこれが争議行為としてなされた点を考慮の外におけば、一応刑法第二百三十四条のいわゆる威力により業務を妨害した場合に該当するといえるであろう。

次に被告人式地俊郎、同岡山雅利に対する公訴事実は

被告人式地は電産高知県支部常任執行委員であつて昭和二十七年十二月、電産四国地方本部から指令せられ同月二日実施の同県高岡郡別府村大字加枝字新開二番地所在の四国電力加枝発電所における争議行為に関する最高責任者として派遣されその指導に当つていたもの、被告人岡山は同支部仁淀川分会執行委員長であつて同争議に関し被告人式地を補佐していたものであるが、右被告人両名は共謀の上、同日午前八時より前記加枝発電所における労務提供拒否ストを実施するにあたり会社側要員により発電業務を継続遂行せられることを阻止するため同日午前一時頃被告人岡山において同発電所二階の配電盤室入口及び同室と発電機室との通路の各扉を配電盤室の内部よりロープで縛り、因つて同日午前七時頃同発電所長、仲井重明が、同発電所に勤務する組合員において同日争議権の行使として職場における労務提供拒否ストを行う模様であることを察知し、会社側運転要員として同日同発電所の発電業務を右スト後引続き操業するため同会社土居川発電所から帰所して、臨時人夫片岡武豊、同井上実を伴い同発電所二階表側の前記出入口から配電盤室へ入場することを不能ならしめた上、同日午前八時頃同配電盤室の操作盤のスイッチを操作し会社側の意思を排除して一号発電機の運転を停止しその後も被告人式地、同岡山においてこれを確保していたが、同日午前十一時過頃同会社高知支店から同発電所の発電業務を操業するため派遣されていた同支店次長大本謙一より配電盤室の不法占拠の旨厳しく叱責せられ己むなく前記扉を開けたので直ちに右大本及び前同様の目的を以て同支店から派遣されていた同支店高知営業所長谷脇美樹並に前記仲井発電所長が前記配電盤室に入場し操業せんとするや、被告人式地、同岡山は組合員片岡龍雄等十数名と意思共通の上、被告人式地が列外で総指揮をとり被告人岡山及び片岡等十数名が同操作盤の前面に互に左右の者と腕を組み人垣を作つて立塞がり、右大本等をして操作盤の前記スイッチの操作をさせないので、右大本等がそれぞれその腕組みを解きに掛つたところ約三十分に亘つて被告人等はその腕組みを固くしてこれを拒み、右大本等が前記スイッチを操作して発電業務を操業することを不能ならしめ以て威力を用いて同人等の業務を妨害したものである。というのであつて(これを加枝事件と略称する)

当裁判所の仲井重明、前田茂、谷口安久、岡本秋広に対する各証人尋問調書、検察官に対する大本謙一、谷脇美樹、片岡武豊、森脇教夫、岡本秋広、下久保慶吉の各第一回供述調書、検察官に対する山下秀馬、岡崎芳喜、五藤義高、対尾準三郎、片岡龍雄、島崎梅義北添一、沖松寿、北所竹次郎、尾崎利勝、西森富貴男、吉村敏彦の各第一回供述調書抄本、司法警察員谷口安久作成の実況見分調書中別添現場写真八葉、当裁判所の昭和二十八年十一月四日になした検証調書、併合前の加枝事件に対する第三回公判調書中被告人式地同岡山の各供述記載部分、被告人式地の司法警察員並に検察官に対する各第一回供述調書、被告人岡山の司法警察員並に検察官に対する各第一回供述調書

を綜合すると右公訴事実中「右大本等が前記スイッチを操作して発電業務を操業することを不能ならしめ、以て威力を用いて同人等の業務を妨害した」との点を除きその余の事実はすべてこれを認めることができる(ただし「同支店次長大本謙一より配電盤室の不法占拠の旨厳しく叱責せられ己むなく前記扉を開けた」との点は挙示の証拠によると「右大本がこらこらといつて扉を強く叩いたので被告人式地が直ちにロープを解いて扉を開けた」ものであることが認められる)。而して右認定にかかる被告人式地、同岡山の所為はその四囲の環境、物理力行使の態様、人数などよりして仲井所長及び大本次長等の自由意思を或程度(その程度につき後に詳述する)制圧するに足る勢力を示したものであつて、そのため同人等の発電業務の遂行を一時妨害したことも右証拠により認められ、これが争議行為としてなされた点を考慮の外におけばこれも亦一応刑法第二百三十四条の威力により業務を妨害した場合に該当することになるであろう。

然るに右被告人並に各弁護人は右公訴事実はいずれも労働組合法第一条第二項及び刑法第三十五条により違法性を阻却する旨主張するので以下この点につき判断を加える。

一、本件公訴事実は判示冐頭において認定した如く電産と四国電力を含む九電力会社との労働争議に際して電産側の採つた「電源職場労務提供拒否スト」と称する特殊の争議行為において被告人等のとつた行動につき起訴されたものである。そして右争議行為の目的とするところは判示冐頭で述べたとおり労働協約改訂並に賃金改訂等をめぐつての争議であるから目的において正当であることは明白で、問題はその手段が労働組合法第一条第二項にいう正当なものか否かにある。

二、そこで先ず電源職場労務提供拒否ストとは如何なる戦術であるかというに、前掲電源職場労務提供拒否スト実施要領写その他第七回公判調書中証人藤田進、第八回公判調書中証人上村儀定、第九回公判調書中証人川田照己、中山毅彦、西森富喜、伊東苞の各供述記載部分を綜合すると

(イ)  電源職場とは発電所の水車室、機械室配電盤室その他えんてい取水口等を含み、えんていから放水路に至る間の従業員の勤務するあらゆる個所を指称するものであり

(ロ)  電源職場労務提供拒否ストとは、電源職場において労務不提供に入ると共に電気の供給を止めるため発電機を停止し指令された時間だけ指令された減電量を確保し、併せてそれを継続することであつて、その理論的根拠は「電気事業にあつては電源職場における労務の提供とは即ち直接電気供給の仕事であり、従つてその労務提供の拒否はとりもなおさず電気供給の停止となる筈である」というのである。

(ハ)  そしてその争議手段(実施要領)としては、

送電系統に混乱を生じ全停電を惹起しないよう給電操作上の時間的余裕をみて地方本部で会社に対し右スト実施個所時間等を一括通告を行う。

発電機の停止は通常用いる手段で行う。

会社がスト前にスト対抗行為として業務命令を発し、ストに入つても発電所の運転停止を行わず運転のまま引継ぐべき旨申入れて来ても、ストにおいては組合員は会社の業務命令を離れ組合の統制下におかれるのであるから、かかる業務命令に従わねばならぬ義務は全くない。

ピケットについては、会社が業務命令の範囲に止まらずスキャップを用いて強引にスト破り強行が予想される場合或は強行して来た場合「自由説得で以ては争議防衞の不可能な現在発電所入口、操作盤の前等でスクラムその他の方法を以て争議をスト破りより防衞し、減電量を確保すること、但しいずれの場合にあつても感情に走り暴力を絶対に用いてはならない」若しもスト破りが敢行され発電所が運転されは場合は当該電源職場のスト解除或は無期限職場放棄、電源職場労務提供拒否ストの拡大等の見返りストをも行い得る。

というのであつて、右実施要領は電産中央本部で定めた骨子に基き四国地方本部において昭和二十七年九月十二日の戦術委員会にはかつてこれを決定し、更に中央本部の確認を得た上各県支部各分会もそれぞれこれを確認し全組合員に周知徹底させたもので被告人等も勿論右実施要領に基いて行動したものである。

三、ところで当裁判所は右スト戦術にある如く電産組合員が減電量を当然確保し得るという理論的根拠については直ちにこれを肯認することはできない。すなわち電源職場における労務の提供とは電気供給の仕事であるからといつて「労務提供拒否はとりもなおさず電気供給の停止」というわけにはいかない。なぜなら電源職場の従業員が電気の供給を停止し減電量を確保するためには右従業員において使用者側の管理権を継続的に排除して使用者の所有する施設を管理しなくては目的が達せられない。そうしないと直ちに使用者側により運転せられるからである。ところが法律上争議権が必ず財産権に優先するとの根拠はないので電源職場従業員はその労務の提供を拒否する権利があるからといつて使用者の施設を当然に管理し、電気の供給を継続的に停止する当然の権利があるとはいえないし、又一方使用者としては手を拱いて右施設を組合側に委せる義務はなく、これが操業を継続する権利を有するのであるから到底前記の如く労務提供の拒否は即ち電気供給の停止を意味するというように単純に考えることはできない。

四、斯様に電産側が争議に当つて当然に使用者側に属する発電施設の運転を停止し且つそれを確保する権能はあるとはいえないけれども、翻つて以下に述べるように電産が本件のような電源ストを行わざるを得なかつた理由を考えるときは電源職場従業員がストに入つた際その職場の発電機を一時停止してもそれだけで直ちにもつてこれを違法な争議手段であると断し去る訳にもゆかないのである。即ち前掲証拠並に第八回公判調書中証人宮川安弘の供述記載部分を綜合すると電産が、電源スト戦術を行わざるを得なかつた理由として「電気事業は公益事業であり基礎産業として最も重要なものであるから、全国の(或は一地方即ち四国電力株式会社全体の)電気産業従業員が一せいに労務不提供に入ればその全国的(或は右一地方的)影響は測り知れないものがあり、国民経済の運行は甚だしく阻害され、国民の日常生活を著しく危くするので、当時電産としてはこのような大規模な同盟罷業も行い得たにかゝわらずこれを良識的に避けて被害の少い一定時間、一部発電所に限り行う電源ストの方法をとつた」こと「左様に一部発電所に限り定まつた時間だけ行う電源職場ストであるから、単に職場を放棄するだけの方法によるストを行うに於ては使用者側はその間僅かに技術者一名とこれを補助するせいぜい一、二名の者で発電機の運転が可能であり容易に会社側組合員の手により操業が継続されるし、会社側は当然そのような対抗策に出ることが予想されるので折角スト期間中賃金を失つてまで電源職場の離脱を行つてもその実効を挙げ得ないため、一時発電機を停止して一〇パーセントないし二五パーセント程度(保安電力並に一般需用家に左程迷惑をかけないよう考慮した限度)の減電を確保する戦術を探るに至つた」ことがそれぞれ認められる。而して会社側が業務命令を以てストに際し発電機運転の儘引継ぐべき旨要求してもストに入つた以上会社の指揮命令を離れるので右業務命令に従わねばならない義務はないし、電源職場組合員が職場放棄と同時にそれ迄運転していた発電機を停止するだけのことは、未だ会社の施設管理権を奪つたとも解せられない。以上を綜合するとスイッチ、切断の戦術は洵に已むを得ざる手段であつて、電産が社会的並に会社にとつて被害の少いストを良心的に行つたにも拘らずそのストの効果がたやすく破られるのを何等防衞することが許されず、純然たる職場放棄以外一歩も出てはならないというのはいわゆるスト規制法のなかつた当時において必ず負けるに決つた争議方法しか行えないというに等しく憲法上争議権を保証された精神並に労働組合法第一条にいう労使対等の原則にもとることになるのであるから右ストを防衞し減電の効果を納めるために発電機の運転を停止しいわゆるピケッテイングの手段を執る外なかつたことは一応是認しうるところである。

然し前述のとおり本来電源職場従業員たる組合員は発電施設に対する会社の管理権を排除する当然の権利があるというわけではないから組合側のとり得べきピケの限度は説得の範囲内においてのみ許さるべきであり、たゞその際組合員が或程度の団結の威力を示して会社側就労者の意思に作用を及ぼすことは争議行為に伴う当然のこととして許容されるが、それ以上操業しようとする相手方を積極的に押し返し力負けさせるなど強い実力行使の手段をとることは許されないのであつて、この意味で説得は平和的でなければならないのである。ところで右説得とは文字どおり穏和そのものでなくてはならないとか或は懇願的言辞以上に出てはいけないとは解せられない。なぜならば争議は必然的社会現象としての労使の斗争である。しかも勤労者は憲法第二十五条に規定する生存権の確保のために斗争しているのであり争議権もその根本は右生存権に発する。

すなわち我国の制度は資本主議機構の上に立つているが、それと同時に資本主義制度から生ずる不公平を除去し勤労者の生存権を弁護するため、これに団結権、団体交渉その他の団体行動権を認めて労使対等を保障しているのである。従つて或程度の人数による人垣を築き、これを背景として会社側就労者に対し乱暴に亘らない口交渉でその場を立去るわけにいかないと一応断乎とした意思の開陳をしたからといつて直ちに説得の範囲を超えた平和的ならざるものとはいえないと解する。

勿論右会社側就労者が右説得に従わねばならぬ理由はないが、右就労者がそれを聞き容れなければ即座に退散しなければならないとし、或は就労者がピケに近づけば直ちにピケを解かねばならないというのではピケを張ること自体何等の意義を有しないことになるのである。そこで説得又はピケの限度は或は大企業のストか小企業の場合か、或は組合員が如何なる事情によりそのような行為に出でたか相手方は何者であり、相手方は如何なる行為に出たかなどあらゆる具体的事情により労使双方の権利の間の調和に思いを致して合法非合法の線を求めるべきであり、資本主義ないし私有財産制度の根幹を否定する如き傾向のある争議行為でない限り、相手方の或程度の自由を阻害し又は或程度経営権を制限する結果が生じても法はこれを認容すべき分野があるものといわなければならない。

ところで本件ストに際し会社側より発電機運転の操業に来つた者は、四国電力高松支店配電課長、同高知支店次長、同高知営業所長及び当該職場の発電所長及びこれらの者にスト中に限り雇われた臨時人夫であり、いずれも電源職場従業員の業務を臨時に代り行う者であるし、而も右非組合員が就労できないからといつて賃金を失うというのでもない。かゝる会社側の非組合員が臨時人夫を補助として発電機を操業するのはもとより正当の業務ではあるけれどもその就業により組合員のストの効果を失わせることも、これが会社側の対抗行為たる性質を有することも共に否めない事実であるから組合側においてこれをスト破りないしスキヤップであると思料するのはそのスト破りないしスキヤップと言う言葉の当否は別として勤労者の気持からいえば無理からぬところであろう。これに電産が前述の如き電源スト戦術を採らざるを得なかつた特殊事情を考え合わせると、本件ストにおいて電源職場の組合員が非組合員から発電機操業の妨害をしないことを要求された場合これを一応拒絶したからといつて直ちに説得の範囲を逸脱した違法な行為であるとはいえないのは勿論、非組合員においていよいよピケを解きにかゝつた場合スクラムを組んで一時これを阻止する行為も亦その程度如何によつては未だ説得のための一時的手段として違法視されない場合があると解される。すなわちスクラムを組んで非組合員の操業を阻止することは一応業務の妨害であるとはいえ、スクラムによりあくまでも相手方を押し返し力負けさせるというような積極的な物理力の行使ではなく、全く消極的受動的立場に終始し、左程多人数でもない者が脅迫するのでも暴言を吐くのでもなく、それも僅かの時間頑張つてみて組合員全員が非組合員の操業を断念してくれることを如何に強く望んでいるかということを団結の力によつて示したとしてもこれをもつて、直ちに違法とはいえず、労働法上の精神からいえば未だ平和的説得のための手段の範囲であるとして認容すべきであると思料される。

ところが前記スト実施要領によれば「自由説得でもつては争議防衞の不可能な現在発電機室入口、操作盤の前等でスクラムその他の方法を以て争議をスト破りより防衞し減電量を確保すること」とあるから一見平和的説得の範囲を逸脱することを予想しているかのようにも見えるのであるが、前述の如く説得は日常平穏な会話そのものとは解されないから全く相手方の自由に任せる説得では争議の防衞はできないというのも一理あるし、しかも最後に「ただしいずれの場合にあつても感情に走り暴力を絶対に用いてはならない」と強く念を押しているところを見るとやはり団結の示威と広義の平和的説得の範囲に止まるべき旨規定しているものと解し得るのである。してみると右実施要領はその文言に多少妥当でない点があるけれどもそれ自体から直ちに本件スト戦術そのものが違法であるとはいえない。

五、尚一考を要することは刑法第二百三十四条の威力業務妨害罪と労働組合法第一条第二項の規定との関係がある。威力とは犯人の威勢人数及び四囲の状勢からして被害者の自由意見を制圧するに足る勢力を指称するものとされている。それではかかる勢力を加えるとき、これは不法な実力行使であつて争議行為としてなされても正当なものでないことになり常に労組法第一条第二項刑法第三十五条による違法性阻却原因とならないであろうか。そうすれば威力業務妨害罪については右免責規定は空文に帰する外はない。然し勤労者が争議行為として団体行動に出た場合団結の当然の効果としてこれに威力の伴うことは労働争議の特質として当然予想され或程度認容すべきことであつてそのため相手方に或程度の威迫を加え、それが相手方の自由意思を或程度制圧するに足るものであつても、具体的事情に徴し未だ違法な実力行使とは認められない程度の威力というものが考えられる筈である。すなわち争議行為としてなされたものとして違法性の阻却される威力業務妨害と阻却されない威力業務妨害とが想定される。そしてその限界は結局社会通念若しくは法益均衡の原則により判断する外あるまいが、特に労働組合法第一条第二項但書に規定する暴力の行使とみられる程度の威力かどうかが重要な基準になると解する。

六、以上の見地から本件公訴事実につき各被告人のとつた行動と具体的実情を前掲証拠により検討するに、

(イ)  分一事件における昭和二十七年十一月六日午前八時からの八時間ストに際し分水第一発電所の配電盤室において組合員の張つたピケは始め十数名、後に二十数名が操作盤の周りに立並んでいたものであつて、それを背景として被告人高橋が前記岡林末広と発電機を運転のまま引継げ、いや安全保持のためスイッチを切らせてもらう旨、或は退去せよ、いや会社側が運転するなら退去しない旨それぞれ二、三回問答を繰返したに過ぎず、その間発電機を停止したのも当直勤務者が正規の方法でスイッチを切つたものであり、又そのピケも岡林等が強いて操業しようとしなかつたため僅か三十分位でその人数も次第に減じ腰掛に腰をおろす者もあり、被告人高橋と岡林は雑談を交していた位で前記問答も穏かでありピケを張つた組合員の人数が配電盤室並に操作盤の状況に照しやや多かつたきらいはあるが、それも何等喧騒に亘ることもなく穏かに立並んでいたに過ぎないのであつてそこに暴力的なものは別になかつたことが認められる。当裁判所の岡林末広並に倉本秀男に対する前掲各証人尋問調書(ただし倉本証人の供述にはやや感情的に誇張しているのでないかと思われるふしがあり直ちに措信できない部分がある)によると同人等は組合員は絶対出ないというのでこの様子では組合員に邪魔をされて運転は駄目だと思つたこと、会社に対しすまないと思い圧迫感を受けたことが認められるけれども、その程度では未だ暴力的な威迫を受けたとはいえないし、岡林自身「個人的には圧迫感を感じたわけではない」と述べている位であるからそのふんいきが如何なるものであつたか想像に難くない。

(ロ)  分二第一事件における電源ストは右分一事件と同時に行われたものであつて分水第一発電所の発電機が停止すればこれから分水第二発電所に送られる水が止まり、ただ分二ではその水路内の僅かの水と枝川の水で無負荷運転がようやくでき得る程度であり、しかもスト直前の負荷も殆ど零に近かつた。

それ故分一でストをやれば分二はやらなくてもよい位のものであると考える組合員もあつた(筒井好明の検察官に対する昭和二十七年十二月十二日附第一回供述調書抄本)。従つて分一が停止されたことにより分二を止められても川上所長としては幾分気持が楽でなかつたかと推量されること、操作盤を取り囲んだのは最初八名で僅かに肩の触れ合う程度の左程厳重なピケでなく唯默つて立つていただけであり被告人山中と川上所長との問答も分一事件同様穏かなものであつたこと、川上は「先方は減電量を確保するという堅い信念で来ているので駄目だとあきらめた」というのであるけれども、川上自ら「出て行け、行かないの押問答はなく、暴力を振われる程険悪な空気はなかつた」と認めており臨時人夫細川豊水同川村直道も「喧か腰のようには見えず、列の中に割り込んで行つたらどうされるかわからぬ位緊張しているとは感じなかつた」こと、川上が敢て運転しようとしないのでピケは三十分位で崩れ後は組合員が操作盤のあたりに腰をおろしたり、ぶらぶらする程度で川上所長も組合員と一緖に菓子を食べ(当裁判所の川村朋忠に対する証人尋問調書)被告人山中とストの見通しについて雑談していたことなどがそれぞれ認められる。以上を綜合すると暴力的な行動もふんいきも全くなく、分一の場合と同様ピケに伴う団結の威力を示した以上のものはなかつたと判断できるのである。

(ハ)  加枝事件は前二者と異なりやや強く物理力を行使して非組合員の操業を阻止しているのであるが、更に検討すると次の如き実情が認められる。

被告人式地が同岡山に命じて加枝発電所二階の配電盤室入口の扉を内部よりロープで縛り同発電所長仲井重明が入室できないようにしたのは穏当を欠きかかる物理力の行使は許されないので、これをどこまでも強行し、会社側の如何なる強い要請にも頑として応ぜず、これによつて右配電盤室を占拠していたとしたら、これは当然違法な争議行為というべきであつた。然し被告人等はこれは加枝がスト対象職場であることを早くから会社側に察知されないためと、ストに入つてから会社側の者から発電機運転のため、たやすく入室されるのを拒むための一時的手段であつて、それ以外の目的で来た者は入室させることとしていたこと、高知支店の大本次長や谷脇営業所長等が来たのを見て被告人式地は組合員に対し「会社側から来たようだから場合によつては開けねばならぬから皆ピケを張つていてくれ」と告げ(片岡龍雄の検察官に対する第一回供述調書)大本次長がこらこらといつて扉を強くたたいてどうしても入室する気勢を示すや唯々として真ちにロープを解いたことなどから同被告がロープを解くことを左程強く拒絶する意思がなかつたことが推認されるし、又それ迄に右入室をめぐつての仲井所長と被告人岡山、同式地の交渉はその日午前七時頃仲井所長が「入らさんかよ」といつたのに対し被告人岡山が窓から首を出して「スト破りのために会社側が入ることはさせない。それより土居川の方へ行つたらどうですか、土居川を留守にすると分会指令によつて職場復帰をし土居川のストを再びやりますよ」と答え、そこで仲井所長は一寸考えていた(当時土居川発電所もスト中であつて仲井所長は人夫一名と共にこれを運転していた)程度の口交渉であつてこれを二、三度繰返したに過ぎず、仲井所長も四国電力高知支店に電話をかけたところ同支店から応援に行くから待機しておれといわれたので、さほど強く入室を要求しなかつたことが推認される。なお結果的ではあるが右配電盤室は高い階上にあるので、その入口で紛争が起つてそこから顛落する危険を慮つての機宜の措置であつたと見られないこともない。更に被告人式地の指揮により被告人岡山等組合員十数名後に二十数人が操作盤の前面スクラムを組んでピケを張り大本次長等の要求にかかわらず一時スクラムを解かなかつた点についても、大本次長、谷脇営業所長、仲井所長の三名がかなり強く力を入れてピケの解きほぐしにかかつたが、これに対し組合員等はこれを押し返すといつた力の加え方は全くなく、ただ一途に防禦的受動的に組合員互に腕組を固くして頑張つてみただけで、ただ一名の組合員が痛い痛いとか眼鏡が落ちるとかいつて奇声を上げたに過ぎず格別喧騒に亘つたようなことは認められない。そして仲井所長がスクラムを組んでいても運転はできると考えたので、大本次長、谷脇営業所長と話合いの上、右スクラムを飛び越すようにしこれを大本次長が押し上げて操作盤のスイッチに手を掛けるや、その途端に被告人式地が「ピケを解け」と命じ、これに応じて組合員が真ちに配電盤室から退散したのであつて、右スクラムを組んでいた時間は三十分位であつた。そしてその際の感じでは仲井所長は「式地等が暴力行為をやらないといつたので大丈夫と思つた。然し多少不安もあつた」という程度であり、谷脇営業所長は「分四の場合は実力で押出されたが、この場合はそのようなことはなかつた」といい、その場でその状況を目撃していた谷口安久警部補、前田茂巡査部長は共に「大本は大声であつたが式地は大体平静であり、ピケの切り崩しにあつた時組合側は腕を組んでいただけで、別に積極的行動に出ず、明らかに暴行に亘るようなことはなかつた」と見ている。右の諸点を綜合すると被告人等組合員に多少妥当でない点があつたとはいえ、暴力的な点は全くなく特に結果的に見て会社側の強い要求を受け、又は会社側において施設に手を触れると潔よく服従しているのであつて、強いて違法な物理力の行使であると咎め立てする程のことはなく、争議行為として不当な威力を示したともいえないと解する。

七  以上詳述したとおり右被告人等の具体的行動及び本件ストの特殊事情を綜合すると結局当裁判所は分一事件、分二第一事件、加枝事件における各被告人の所為はいづれも電源職場におけるストの効果が会社側の対抗行為によりたやすく破砕されないよう右職場における組合員と共に団結して、一応会社側就労者に対し暴力的に非ざる意味で前記広義の平和的説得を試みたもので未だ正当性の範囲を逸脱しない争議行為としてなされたものであると解しこの点に関する各被告人弁護人の主張は理由があると認める。

すなわち前記分一事件における被告人高橋、同渡辺、分二第一事件における被告人山中、同樫谷、加枝事件における被告人式地、同岡山の各所為はいずれも刑法第二百三十四条の構成要件を備えた形とはなるのではあるけれども労働組合法第一条第二項本文刑法第三十五条により罪とならないから刑事訴訟法第三百三十六条により主文のとおり無罪の言渡をするものとする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 渡辺進 裁判官 原田修 裁判官 細木歳男)

訴訟費用表(略)

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